音楽と脳 脳を知る・創る・守る・育む 17
開会挨拶
NPO法人脳の世紀推進会議副理事長 津本 忠治

脳の世紀シンポジウムは1993年に、その当時からさかんになってきた脳科学の研究成果を一般社会の方々に正しく伝え、脳科学研究を応援していただく趣旨で、最初の会を開催し、その後毎年1回開催してきました。今年で23回目となります。毎回、著名な方を特別講演にお招きしてきましたが、今年は特別です。これまでで初めての試みがあります。ご覧のように檀上にピアノが置いてあります。この会はリピーターの方が非常に多い会ですが、今回は新しい趣向を準備しました。ピアニストとして大変有名な舘野泉先生をお呼びして、本シンポジウムのタイトルも『音楽と脳』として企画しました。まず最初に、なぜ舘野先生をお呼びして音楽と脳に焦点をあてたかを簡単にご説明します。
舘野先生は、2002年に脳出血で右半身がご不自由になられ、左手でピアノ演奏をされるようになりました。私自身はテレビでしかお聴きしたことはないのですが、素晴らしい演奏に深く感動しました。と同時に、右半身不随という、いわゆる脳出血の後遺症を克服されて復活されただけでなく、新しい演奏活動を展開されていることにも強く感激しました。舘野先生のお話を是非お聞きしたいと思っている次第です。
「音楽と脳」の研究は1990年ころから非常にさかんになりました。その契機は、ファンクショナルMRI(functional Magnetic Resonance Imaging 略称fMRI、日本語では機能的磁気共鳴画像法)が1990年代に実用化され、ヒトの脳活動を画像化できるようになったことです。これによりヒトの脳の研究は非常にさかんになり、数々の新しい知見や発見がありました。そのなかで特に注目を浴びたのが、音楽家の脳の研究です。音楽家は小さいときから練習を積み重ねておられるので、脳にも変化が生じていることがわかってきました。たとえば、小さいときからヴァイオリンを弾いている方では、左手の小指の脳領域が広がっています。ヴァイオリンを弾かない方は、普通左手の小指はあまり使いませんので他の指に比べてその領域は狭いのです。また、小さいときからピアノを弾いている人は、ピアノの音に対する脳の反応が大きいという報告もされています。その他、いろいろな新しい知見が得られていますが、それについてはのちほど詳しくお話をしていただく予定です。
そのような脳の変化を、脳の可塑性と呼んでいます。脳の可塑性こそが、学習や運動によって脳のはたらきがかわる、場合によっては脳損傷後に障害を克服して機能を回復し、さらには新しい展開を可能とする脳の仕組みで、人の脳のすばらしさを示すものであろうと私は考えております。
脳の可塑性の研究は、20〜30年前から非常にさかんになり、そのメカニズムや、どうして学習・経験によって脳の機能がかわるのか、脳の回路がかわるのかといったことについての研究が進んできました。その点に関するお話ものちほどあるかと思います。
脳の研究は、いわゆる認知症やうつ病など、最近問題になっている脳疾患の研究に有用な情報を提供し、治療法、予防法の開発に有効であることから現在非常に注目されています。と同時に、たとえば、脳で情報処理がどう行われているのか、神経回路がどのようにして形成されるのかといった基礎的研究も重要です。この基礎的な研究が脳科学研究の発展に非常に重要であることも是非ご理解いただきたいと思います。本日は、そのような基礎的研究についてもお話があるかと思います。
話が長くなりましたが、これで開会の挨拶を切り上げたいと思います。ご清聴ありがとうございました。