ゲノム医科学と社会
開会挨拶

 このシンポジウムの主催は文部科学省の科学研究費補助金による特別領域研究として『ゲノム』四領域という大型プロジェクト研究班がもうけられ、その四つの領域のひとつである「ゲノム医科学領域」です。私は三輪史朗と申しますが、この領域の代表すなわち班長は東京大学医科学研究所の菅野純夫教授です。ご紹介いたします。私は菅野先生の班に属しネットワーク委員長をしています。
 ご承知のように三〇億個という塩基対からなるヒトの基本設計図を読み解くゲノム解析計画は、日本も加わった国際協力プロジェクトとして一九九一年に開始され、予定より早く二〇〇一年二月にゲノム配列の概要版を発表しました。それによりますと、ヒトの遺伝子数は約三万〜四万と、当初予定していたよりはるかに少なく、またショウジョウバエの二倍程度しかないということに皆驚きました。しかし、実際には、いろいろな機序が働いて、その数より多くしたかたちで働いていることがわかってきています。ちなみに、ヒトゲノム解読計画において、その貢献度は米国が約六七%、英国が二二%、そして日本が六%と三番目です。
 さて、情報学で裏打ちされた『ゲノム医学』という道が開け、遺伝子の機能を明らかにし、また遺伝子同士の相互作用についても調べられるようになってきました。最近のゲノム医科学の急速な進歩には目をみはり、驚くばかりです。それとともに個人情報の保護というような人が生きるうえで大切な倫理問題も起こってきました。ある個人の生年月日や預金通帳番号などは個人情報で、けっして他人にもらしてはいけません。ゲノムを調べるために採血した血液は本人の同意なしに他人にあげることはきつく禁じられております。
 この三回のシンポジウムでは、ゲノム医科学のもつ医学、生物学のみならず社会、倫理、法律、個人情報、生活習慣病といった具体的で大事な問題をとりあげて、その方面に造詣が深く経験の深い方々の講演をお願いし、皆様方からの質問にお答えいただくとともに、皆様方といっしょになって討論ができたらすばらしいシンポジウムになる、と思っております。それでは開会いたします。


三輪 史朗 みわ しろう
(財)沖中記念成人病研究所・理事長。東京大学名誉教授。医学博士。
一九五一年東京大学医学部卒業。五二年東京大学沖中内科。五九〜六二年米国留学(UCLA内科)。
六二年放射線医学総合研究所室長、六四年虎の門病院血液学科部長、七一年山口大学医学部内科教授、七九年東京大学医科学研究所内科教授、八五年同病院院長兼任、八七年定年退官、(財)沖中記念成人病研究所所長、九七年より理事長、二〇〇〇年より東京大学名誉教授。
専門は、内科、特に血液学(赤血球の遺伝性疾患)。人類遺伝学。